二月末頃から、風はほんの少しだけ表情を変えはじめました。
寒さに身を縮めて歩くことはなくなり、道端の枯れ木にも、いつの間にか淡い桃色が差されはじめます。
ふと気づけば、風が花の香りを運んできてくれています。
春は突然に華々しくやってくるのではなく、そっと囁やいてくるのです——「目覚めの季節はもう始まっているよ」と。
あなたはどのような瞬間に、ふと「春が来た」と感じましたか?
新たな芽が出て、木々が色づきはじめるこの季節にぴったりな作品を何点かご用意しました。
温かな作品が、寒さや疲れをそっと払い、新しい始まりを照らす暖かな光となりますように。
春麗(嵯峨野大沢の池)/酒井英利

京都を拠点に制作する酒井英利が描く、静けさの中に咲く桜と寺院です。
やわらかな筆致と色彩は、夜明け前の霞を含んだ朧げな空気をそのまま映し出します。
画面越しに、花びらの露の気配、微かに湿りを帯びた花の香り、遠くの寺院から伝わる荘厳さ、そして湖水の穏やかで温かな静けさまで感じられるかのようです。
眩い春の陽光というより、心の奥にじんわりと癒やしと安らぎをもたらしてくれる作品です。
春爛(醍醐桜)/木村圭吾

木村圭吾は、自然の生命力を捉えることに長けた日本画家です。
抽象的で伸びやかな筆致と、大胆でインパクトのある構図によって描かれる桜は、伝統的な抑制や端正さから解き放たれ、本能的で豪快な「自由」の開花を表します。
艶やかな陽光の中に身を置き、どこからか愉快なリズムが聴こえてくるような、春の躍動が余すところなく表現された一作です。
Saint-Tropez/Andre QUELLIER

フランスの画家アンドレ・ケリエによる、サン=トロペの風景。
神話を題材としたシュルレアリスム的作風の作品を多く手がけていた作家です。
それに比べると、本作は素朴で静かな村の佇まいを描いており、その「異質さ」がかえって郷愁を誘います。
夕暮れの光が背後の無言の古い家々を照らし、冬がまだ完全には去りきらない気配の中、枯れ木の中の一本の大樹だけが待ちきれずに、ちらほらと花を咲かせ始めています。
それは、まるで村の入口に佇み、ずっと遠くを見つめる老人のようです。
その老人は、氷雪が溶け出し、春のぬくもりが戻るその日を待ち、家族の足音が再びこの道に響くのを、ただ静かに待ち受けています。
Poster LES EGLANTINES/Paul BERTHON

ポール・ベルトンは、パリのアール・ヌーヴォー期に活躍した重要な芸術家の一人です。
本作では、野薔薇と、桜にそっと手を伸ばす女性が描かれています。
女性は花のようにやわらかく表現されており、彼女の花を見つめる眼差しと相まって、画面全体に暖かさとロマンチックさを与えています。
柔らかな色調と心地よい曲線が、芸術性と装飾性を兼ね備えた魅力を引き立てる一枚です。
罌粟(けし)

杉山寧は戦後日本画壇を代表する画家の一人です。
彼が描くケシは静謐で優美でありながら、どこか凛としておりスタイリッシュさを感じさせます。
蝶は、そのケシの魅惑的で、どこか危うい香りに引き寄せられるかのようにとまっています。
その姿には幻想的で儚げな美しさが漂っており、杉山ならではの空気の表現が光ります。
また、絹本という素材と、日本画ならではのやさしい筆致が、静かなぬくもりを生み出しています。
心を落ち着けて眺めていると、柔らかな陽射しと春のそよ風がふっと頬を撫で、花と蝶を静かに揺らす気配まで感じられるようです。
花鳥紋料器蓋壺

中国由来のガラス壺で、濃厚で温潤な地色は、早春の新鮮な土を思わせます。
外側には繊細な金彩の縁取りと彩絵によって、ツルのように伸びゆく枝葉が描かれ、芽吹きの季節の生命力がそのまま息づくようです。
淡い色で花々と若葉が散りばめられ、まるで春の庭園の欠片を壺に纏わせたかのようです。
花の中に佇むクジャクは、まるで春の使者のようで、今にも高らかな鳴き声で、皆を長い冬眠から呼び覚ましていきそうです。
Lobmeyr「Bowl & Saucer」

ウィーンの名門ガラス工房 J. & L. Lobmeyr により作り上げたガラス碗です。
透明感あふれる軽やかな手吹きガラスを基盤に、繊細な彩絵エナメルと金彩装飾を施し、明るく快活な春の情景を描き出します。
鳥たちは楽しげに歌い踊り、鮮やかな花々もまた伸びやかに咲き誇る様子は、まるで春そのものを讃えているようです。
眺めているだけで、春のワルツがふわりと聞こえ始めそうな、愉悦と幸福感に満ちた作品です。
以上、私たちが選んだ、春の生命力を呼び覚る、7点の作品をご紹介しました。
ご自宅に迎え入れて、窓の外から舞い込む桜の花びらや笑い声とともに、作品から流れ出す春の旋律を、いつでもお楽しみいただけますように。

